MİT、越境スパイ作戦を実施
トルコ
8分読む
MİT、越境スパイ作戦を実施国家情報機関(MİT)は、12年間逃亡していたスパイのオンデル・スウルジュクオールをシリア・レバノン国境で拘束し、司法当局に送致しました。
トルコ国家情報機関MİTは、12年間逃亡していたスパイのオンデル・スウルジュクオールをシリア・レバノン国境で拘束した。 / AA
6時間前

国家情報機関(MİT)は、12年間逃亡していたスパイのオンデル・スウルジュクオールをシリア・レバノン国境で拘束しました。

同人物は、MİTとシリア情報機関による共同作戦の結果拘束され、アンカラ共和国検察庁およびアンカラ対テロ対策支部の調整のもと、司法当局に送致されました。

シリアの運命を左右した事件

オンデル・スウルジュクオールは2011年、自由シリア軍のフセイン・ハルムーシュ司令官とムスタファ・カッスム司令官を拉致し、アサド政権に引き渡しました。その結果、フセイン・ハルムーシュ氏は拷問の末に死亡しました。

この出来事はシリアの情勢に大きな影響を与え、オンデル・スウルジュクオールは2013年、「強制・脅迫または欺瞞による不法拘束」の罪で懲役20年の判決を受けました。

しかし、2014年にオスマニエ開放刑務所から脱走しました。

逃亡にテロ組織FETÖの関与が判明

逃亡の過程では、テロ組織FETÖと関係する組織が積極的な役割を果たしていたことが明らかになりました。記録が不正に改ざんされ、刑期が誤って計算されていたほか、外出許可の手続きにも重大な不正があったことが確認されています。

調査の結果、オンデル・スウルジュクオールに関する起訴状は、2014年にMİTトラック事件を担当していたFETÖ関係の検察官オズジャン・シシュマンによって作成されたことが判明しました。

また、システムに不完全な形で入力された刑期関連書類は、FETÖ関係の執行担当検察官ユヌス・バキによって署名されていたことも明らかになりました。

MİT、継続的に追跡

逃亡後、オンデル・スウルジュクオールはシリア、ロシア、レバノンなどで長年潜伏していました。MİTはその足取りを追い続け、途切れることのない監視網を構築しました。
本作戦では、現地監視、通信傍受、サイバー追跡など、さまざまな情報収集手段が活用されました。

アサド政権の情報機関が保護

オンデル・スウルジュクオールはシリアに逃れた後、アサド政権の情報機関によって保護を受けました。

その見返りとして、トルコに対する諜報活動を行うよう求められました。

この過程でスウルジュクオールは、トルコに協力する人物の身元や行動に関する情報を、アサド政権の情報機関に提供していたとされています。

対トルコ活動に関与

オンデル・スウルジュクオールは、THKP/C-アジルジレル(ムカーヴェメ・イ・スーリヤ)組織の指導者ミフラチ・ウラルや、ハタイ県レイハンル爆発事件の実行犯として2018年に拘束されたユスフ・ナジクと関係を築いていました。
また、ミフラチ・ウラルの指示のもとで反トルコ的なプロパガンダ活動を行っていました。両者は偽の映像を用いた心理戦を展開し、メディア上での操作的な報道を引き起こしたとされています。

さらに、あるニュースサイトのインタビューでスウルジュクオールは、「フセイン・ハルムーシュを自ら拉致したこと、この行動はトルコのシリア政策を誤りだと考えたために行ったものであり、作戦は自身で計画したこと、そして一切後悔していないこと」を明らかにしました。

レイハンル事件の実行犯と関係

オンデル・スウルジュクオールは、レイハンル爆発事件の実行犯ユスフ・ナジクとも密接な関係を築いていました。両者は一時期、シリアで同じ家に滞在していたとされています。

その関係の深さから、スウルジュクオールはナジクの釈放のために、シリア情報機関との関係を利用したとされています。

2018年、MİTの作戦によってトルコに移送されたナジクは、供述の中でスウルジュクオールの関与により拘束から解放されたことを認めました。

ロシア情報機関とも接触

スウルジュクオールはロシアの情報機関とも接触し、協議を行っていました。
その中で、トルコに関する戦略的かつ機密性の高い情報を提供していたとされています。

作戦は段階的に計画

MİTは、オンデル・スウルジュクオールの逃亡後、物理的および技術的手段を用いて行動パターンを分析しました。通信網や潜伏先を特定し、継続的に追跡を行いました。

情報分析の結果、スウルジュクオールがまずシリアに潜伏し、その後レバノンのジェベル・ムフシン地区の住宅に移動、さらにロシアのクラスノダール地方へ渡り、その後エジプト経由で再びレバノンへ戻ったことが確認されました。

再びシリアへ渡ろうとしているとの情報を受け、MİTとシリア情報機関は極秘裏に共同作戦を計画しました。

両国の情報機関は国境地帯で連携して行動し、対象の越境の機会を待ちました。

そして12年に及ぶ逃亡の末、シリア・レバノン国境で実施された共同作戦により、オンデル・スウルジュクオールは拘束されました。

トルコとシリアの情報機関、共同チームを設置

拘束後、MİTとシリア情報機関は、フセイン・ハルムーシュの殺害に至る経緯について調査するため、共同の作業チームを設置しました。

司法当局に送致されたスウルジュクオールは、既存の懲役20年に加え、政治・軍事スパイ活動、テロ組織への支援、職権乱用、さらには殺人幇助などの罪でも裁かれる見通しです。

今回の拘束は、トルコとシリアの情報機関による協力が新たな段階に入ったことを示し、地域情勢にも影響を与える可能性があるとみられています。

この作戦により、2011年の事件の関係者も司法の手に委ねられることとなりました。MİTの長期的な戦略的忍耐と情報能力、そして作戦遂行力が改めて示された形です。