5時間前
トルコ大国民議会は、創設から1年後の必要性を受けて「国歌」を選定するため、賞金500リラの公募を実施しました。
当時の教育相リザ・ヌル氏は、この賞金に加えて、歌詞とは別に作曲にも500リラの賞金を設けました。
多くの応募を促すため、議会は国内で発行されていた新聞や、情報を届けることができるあらゆる場所に募集を告知しました。その結果、6か月の間に724編の詩が寄せられました。
これら724編の詩を審査するため、政府の教育省のもとに委員会が設置されました。
委員会に任命された専門家たちは、すべての詩を一つ一つ読み、評価したうえで、その中から6作品を選びました。
賞金が設けられていたため当初は応募を辞退していたブルドゥル選出の国会議員メフメト・アーキフ・エルソイ氏でしたが、後にハムドゥッラー・スプヒ氏の強い勧めを受け、アンカラのタージェッディン・デルガー(スーフィー修行所)で執筆した、トルコ軍に呼びかける詩を提出しました。
最終審査の結果、1921年3月12日のトルコ大国民議会の会議で、メフメト・アーキフ氏の詩は大きな拍手の中で国歌として採択されました。議会で最初にこの国歌を朗読したのは、ハムドゥッラー・スプヒ・タヌルオヴェル氏でした。
メフメト・アーキフ・エルソイ氏は、国歌採択後に国庫から支払われた500リラの賞金を、女性や子どもに職業教育を提供していたダルル・メサイ財団に寄付しました。














